自分の家族とも全員が揃って会うのは久しぶり。
親戚と顔合わすのはもっと久々。
いとことかって、小さい時の感覚が残ったままで、
ひょろっと長身な姿を見ると、なんでか照れ臭くなる。
そうだ、みんなの時間はすぎていて、
同じく自分の時間もすぎている。
自分のすぎた時間は当たり前で、
それぞれのすぎた時間はすこんと抜けている。
酔っ払った親戚のおじさんの姿も、
子どもができたいとことたちも
子どもができたいとことたちも
みんなで囲むお盆料理が簡素化されてることも
線香のにおいと暑いのに秋を感じた空気も
丸ごと居心地がいいと思えるようになったのはいつからだろう。
一人ひとりの生活に時折、波があるとしても、
こうやって集まった時に、話しかけたり、話しかけられたり、
いるだけでいて良かったと思えればいい。
お線香の華が咲いた。
ご先祖さん、時々しか顔を出さないけれど、
みんなの顔を見れてよかったよ。
どうか、光となって、これからも見守っていてください。
帰宅したら、道ジュネーのエイサーの音。
どんどん近づいて来て、アパートの下で踊ってた。
先頭の方に小さい男の子も元気に太鼓鳴らしてた。
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