2013年6月25日火曜日

おじゃまします

5月27日付けの沖縄タイムス「唐獅子」に掲載されました。

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他人の家などに入るとき、「おじゃまします」とあいさつをする。
これは、プライベートなスペースに入らせてもらう上で、
相手の許可を得るための礼儀である。
これと同じように、家だけでなくいろんな場面で
「おじゃまします」という気持ちを持って場所に関わることというのは、
とても大事なことであると思う。

例えば、森。森の入り口で、「おじゃまします」と一礼しないと
何だか自分勝手に人様の家に入り込んだような居心地の悪さを感じる。
川や海に足を浸す瞬間も、言葉には出さないけれども、
入らせていただくという気持ちをもって、
ざっぷんとした波にひたっと足を入り込ませる。
私の足が入り込むことで、さらさら流れる水の流れは変わるから、
流れにおじゃまする気持ちですーっとくぐらせたりする。
夜の「ぬーぬー」と揺れる黒い海を目の前にしたとき、
うっそうとした木々を抜けて「すこーん」と
抜けてるような場所に訪れた瞬間にも、
そういう気持ちを込めてその場所に足を踏み入れる。

知らない土地や人様の大事な場所に入るときも然り。
「おじゃまします」という気持ちを込めて、足を踏み入れることで、
その場所、土地と自分自身を向き合わせる。

入り込む側に、プライベートな場所だと感じさせたり、
何か特別だと感じさせる場所。
その場所にとっては、入り込んでくるもの自体が異質な存在なんだと思う。
人間の身体もそうだけど、免疫のない異物が入ってくると、
それを追い出そうと抵抗する、そういう反応は自然なことだと思う。
勝手に人様の家に入れば、その家の人はびっくりして、
追い出されるのは当然のことだ。

こんもりした森も、いろんな表情で揺れて流れる海や川も、
今ここに立っている足元の土地も異物が入り込めば、
大きなストレスを感じるだろう。
人の身体が示す反応は、自然界にも同じように当てはまるものだと思う。
びっくりもするし、急な変化にはストレスも感じるだろう。

私は怪しいものではございません、自分勝手に荒らしたりしません。
敬意を払っておじゃましますので、どうぞよろしくお願いします。

その場所と自分とを向き合わせるための約束の姿勢が
「おじゃまします」なんじゃないだろうか。

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